台風が近づいている。全てがざわざわする。
ヒカリもカゼも、特別なイロと香り。
この気配にじっとしていられない。
私は妙に冴える。
浮かび上がる幼い頃の鮮明な記憶。
台風の放つ不思議なヒカリに世界が包まれた真昼。私は怯え、父の膝にだっこされながら、まなこを見開いて外をじっとみつめていた。居間の窓からのいつもの見慣れた景色がグングン歪み、別世界に変わってゆく。「長靴をはいた猫」か「ハーメルンの笛吹き」の絵本で見たような、赤茶色の古い西欧の町並みのように。私はその奇妙な変化の過程を、声を出さずに静かに凝視していた。
すると。家と家のすき間から、ムーミンが表れたのだ!
なぜか、ムーミンが。いや、ムーミンというより「トロール」というべきなんだろうか。とにかく、得体の知れないモノが台風の前に自分の家の周りをゆっくり移動していくのを、幼い私はこの眼でみた。いまでもくっきりと記憶している。
これが、はっきり「モノノケ」と出逢った、一番幼い頃の記憶かもれない。こんなことはいままでの人生に数回しかない。
もうすぐ台風がくる。
ああ、大人になってもまだ気配を感じる。ねぇ、ムーミン。